講師 東京理科大教授 田沼靖一氏(S45卒)
プロファール
 
 東京理科大学薬学部教授、同ゲノム創薬研究センター所長。
  1952年山梨県甲府市に生まれる。
  昭和45年甲府一高卒業。
  東京大学大学院薬学研究科博士課程修了。薬学博士。
  米国国立衛生研究所(NIH)研究員等を経て、
1992年東京理科大学薬学部教授。専門は生化学。
細胞の生と死を決定する分子メカニズムの研究をしている。
著書:
「アポトーシス 細胞の生と死」(講談社)1996年
「遺伝子の夢 死の意味を問う生物学」(日本放送協会)1997年
「アポトーシスと医学」(羊土社)1998年
「死の起源」(朝日選書)(朝日新聞社)2001年
「ヒトはどうして老いるのか」(筑摩書房)2002年

新刊:
「爆笑問題のニッポンの教養 ヒトはなぜ死ぬのか?生化学」
(講談社)2007年10月末発行 田沼靖一・爆笑問題共著
 NHKで放送された爆笑問題と田沼靖一氏との対談の内容が
 掲載されています。
     老いを科学する        2008・3.8
     − 時が人を潤す−
                   東京理科大学薬学部
                   田 沼 靖 一

 人にはなぜ“老い”というものがあるのでしょうか。しかも人だけに長い老
いの時間が与えられているのです。この老い(老化)の過程は個人差があり、
各人でコントロールできる後天的なものです。先天的に決まっているのは寿命、
すなわち「死」は必ず訪れるということです。この必然の「死」に近づいてゆ
く過程が「老化」なのです。r老化」は科学的には生理機能の衰退塊象をさし
ますが、「老い」はおそらく r自分とは何か」を問うことのできるかけがえの
ない時間なのだと思います。それは「死」があるからこそ可能であり、ひとつ
のアイデンティティとして完結してゆくのです。

 歳をとると物忘れが多くなったり、記憶力や体力も衰えてきます。「老化」
はだれしも好まない、いやなイメージしかないでしょう。ところが、歳ととも
に備わってくる能力があります。それを「結晶性知能」といいます。先を見る
力、いろんなことを発想して判断する力、統率力といった高度な知性です。ま
た、風雅を感じとる感性も育まれます。この「老いの知性」を活かして、老い
ゆえの自由な時間をワクワクした気持ちで運ぶことが、サクセスフル・エイジ
ングにLとって大切なことだと思います。

 いつも心豊かな夢をもって、それを形にしてゆく勇気さえあれば、きっと生
きていてよかったと思える瞬間にたくさん出会えるにちがいありません。その
時の間が人生を豊かに潤してくれるのではないでしょうか。神様からプレゼン 
ントされた「老いの時間」は、後の世代に何かよい贈り物を残す時間なのだと思
います。それは有形なものでも、無形なものでも夢があればよいでしょう。そ
の夢を誘い出せるのは、自然の美に触れ、感動する心以外にはないと思います。
そして、そこで生まれる善い精神のみが人の心の中に無限に遺し伝えられてゆ
くのです。 
時評                               山梨日日新聞  平成17年12月4日 

             「老い」は夢を残す時間    田沼靖一 

最近、若い人たちの中に「三十代でセミリタイアする」という考え方がでてきています。しかし、それは
非常に新しい考え方で、多くの人たちにとってリタイアとは、「第二の人生」の始まり。定年を迎え、
仕事から解放される老後のことを指すでしょう。
 「第二の人生」と言われる年代に足を踏み入れた人たちにとって、サイエンスの面から「老化」に
ついて知り、そこから私たち人間だけに与えられている長い「老い」の時間をどう生きればよいのか
考えてみるのは、急速に進んでいる高齢社会においても大変重要なことだと思います。
 「死」は、本質的には遺伝子にプログラムされ、決まっていることが科学的に分かってきています。
「死の遺伝子」が働くことによって、寿命が決まるのです。いま、再生医療や遺伝子組み換えなどの
バイオテクノロジーの発達で、長生きできるような研究も進んでいます。倫理的に人間に応用して
よいか、という議論はありますが、動物では可能となってきました。
 一方、「老化」は、特定の遺伝子によって決められているものではありません。先天的な遺伝子
要因もありますが、後天的な環境要因によって大きく左右されます。その人がどういう環境、栄養
状態、ストレス状態で生活してきたかによって老化現象が現れる時期に個人差が出ます。
 「老化」は、人間というホモサピエンスが、決められた寿命に向かって齢(よわい)を重ねていく間
に現れてくる、さまざまな組織や臓器等の衰退現象。死に近づいていくプロセスが「老化」なのです。
「老化」は宿命的なことですが、老化スピードは、各人が自分の遺伝子体質を知って、日々の生活を
気をつければ、十分にコントロールすることが可能です。
 地球上に生息している生物の中で、これだけ長い老化時間をもつのは人間だはです。生物学的
にみると、生物の第一の使命は子孫を残すことです。生殖をして子どもを残せば、その後は、種とし
ては必要ないということになります。実際、ほとんどの生物は、生殖期を過ぎるとかなりのスピードで
死んでしまいます。鮭(さけ)は産卵する「老い」は夢を残す時間と、すぐに死んでしまいます。人間に
一番近いチンパンジーでさえも、寿命は四十年ほど。老後を楽しむ暇もありません。一方で私たち
人間は、数十年単位の老化時間があります。
 では、いったい、「老い」は何のために与えられた時間なのでしょうか。それは、「自分とは何か」
を追求できるかけがえのない時間だと思います。その限られた時間の中で、自分のアイデンティテ
ィーを”問うことができる”ようになっているのでしょう。また、一人ひとりの一生が”問われている”
ということにも気づかせてくれることでしょう。「老い」が人生を豊かにし、そして、「死」によって、一つ
のアイデンティティーが完結するのです。
 そんな「老いの時間」は、人間にだけ与えられた神様からのプレゼントとしか言えないでしょう。
そのプレゼントの時間は、きっと次の世代になにか良いものを残すために与えられた大切な時間
にちがいありません。それは、有形なものでも、無形なものでも夢があればよいでしょう。ただ人の
心の中に無限に遺(のこ)されていくものは、そこに潜む善(よ)い精神のみだけだと思います。
(東京理科大薬学部教授)
      慢性骨髄性白血病薬効わかるソフト

                                 東京理科大学・田沼靖一教授が開発

 細胞が自らを死に導く「アポトーシス」。この不思議な現象を人工的に操る物質を見つけ出
し、病気の治療に生かす研究に、東京理科大学の田沼靖一教授が取り組んでいる。
 田沼教授は「東京テクノ・フォーラム21」(代表=老川祥一読売新聞東京本社社長・編集主
幹)研究交流会で講演。アポトーシスが抑えられることで発症する慢性骨髄性白血病を、治せ
る可能性のある物質が見つかったことを明らかにした。
 生物の発生の過程では、決まった時期に定まった量の細胞がアポトーシスで減り、臓器や組
織が正常に形作られる。骨髄が作る白血球でも、血液中の量を調整する役目も担っている。
 慢性骨髄性白血病は、異常なたんばく質「BCR-ABL」がアポトーシスを抑えこみ、白血球が
増えすぎる病気だ。治療薬「グリベック」を使うと、薬の分子がたんばく質の特定部分
に取り付いて働きを止める。だが、投与を続けると特定部分の形が変わって結合を阻止、薬効
が失われる。
 田沼教授は、病気を引き起こすたんばく質の形状をコンピューターグラフィックスで再現
し、薬の候補物質をどこに組み込めば治療効果が出るのか、模擬実験できるソフトを開発。こ
のソフトを使い、BCR−ABLの形状が変わっても結合を保ち、アポトーシスを誘導する物
質を探し出した。
 見つけた物質の有効性は高いとみられるが、別の突然変異が起きて、効果が失われる恐れも
あるという。田沼教授は、たんばく質の構造をコンピューター上で詳しく探り、形状が変化し
にくい部分に、アポトーシスを誘導する物質を送り込む方法を検討している。
  ・・・・・・・2007年12月2日 読売新聞